チェチェンの民話@


ハサンとアフメド
試訳 村山敦子 

1
  あったのか、なかったのかもわからないほど昔のこと。年取った大公がおりました。大公は、その富と強大さで
ほまれ高かったのですが、残酷なことでも有名でした。それで、人々から暗黒大公とよばれていました。大公の宮廷
には、若いのから年寄りまで、おおぜいの召し使いがおりました。大公のところにはふたりの男の子、ハッサンと
アフメドという兄弟もおりました。ふたりはみなし児で、暗黒大公はこんな下心があって自分のところへ引き取った
のです。

  「わしの善行についての評判が広まるようにな。そうすれば、暗黒大公などと言われなくなるかもしれん。
あれらは年々大きくなって、きっと忠実な召使になるだろうて」。

  男の子たちが十歳くらいになると、強欲な大公は、かれらにむだ飯を食わせないで仕事をさせよう、と思いつき
ました。大公は男の子たちに愛馬の世話や武器の手入れ、屋敷の部屋の掃除を任せました。一言で言えば、男の子たち
は今では朝から晩まで大忙しとなり、互いに口をきくひまもないほどでした。

  ハサンとアフメドは、どちらも機転がきき、働き者でした。ふたりがよく似ているのに皆驚きました。実際よく
似ていたのですが、アフメドは活発で、口数が多いたちでしたが、ハサンは考え深く、物静かでした。

  あるとき暗黒大公は隣人のところに祝い事に出かけることになり、召し使いの代わりにハサンを連れて行くことに
しました。アフメドには、部屋を掃除して絨緞のほこりをはたき、鎧兜をみがいておくように、と言いつけました。

  「わしの部屋を全部掃除するのだ、だが、アフメドよ、気をつけろ、東側に窓がある部屋に入ろうなどという気を
起こすんじゃないぞ。部屋の近づくこともしてはならん」、と言って大公は出かけました。

  アフメドは家に残り、大公の部屋の掃除に取りかかりました。絨緞のほこりをたたき出し、鎧兜をみがきたて
ました。城中をかけ回ってあくせくと働きましたが、大公が大事にしている秘密の部屋をのぞいて、中にあるものを
見たい、という気持ちがどんどんふくらんできました。ついに我慢しきれなくなって、扉に近づき、少し開いてみて
飛びのきました。部屋の中から、眼もくらむような光が漏れてきたのです。アフメドは、これは日の光が窓越しに
さし込んでいるのだろう、と思いました。でも、扉をもっと開いて部屋の中をのぞくと、よろい戸が堅く閉まっていて、
絵の中から光が出ているのが見えたのです。その絵には美しい娘が描かれていて、まるで生きているかのようにアフメド
を見つめました。少年はしばらくその絵姿に見とれてから扉をしめました。

  彼は知らなかったのですが、扉があけ放しになっている間に、空全体がその光であたり一面照らし出されていた
のでした。

  暗黒大公は、ちょうどそのとき家に帰るところでしたが、城の上にかかる明るい光の輪を見て、アフメドが大公の
言いつけを破って大事な隠し部屋に入ったことをすぐに悟りました。大公は黒雲よりも暗い顔をして帰ると、アフメドを
探し出し、地下牢に放り込むように命じました。

  いっぽうハサンはそのことを何も知りませんでした。自分の兄弟がどこに行ってしまったのか、わかりません。
暗黒大公に尋ねると、大公は彼をどなりつけました。

  「自分に関係のないことに口を出すんじゃない!お前の兄弟は消えてなくなったりせんわい!」

2 
  それから何日経っても、アフメドは姿を消したままでした。ハサンは悲しみ、ふさぎこみました。よく言われる
ように、兄弟の片方がいないのは、翼のないタカのようなものだからです。あるときハサンが屋敷の庭を歩いていると、
地下室から誰かの泣き声が聞こえるような気がしました。通風孔にかけより、地下をのぞきこむと、そこに自分の兄弟
がいました。アフメドは石の床に座って、静かに泣いていました。大公が泣き声を聞きつけて、殺せと命じるのを恐れ
ていたのです。
「アフメド、どうして地下牢にいるの?」
「暗黒大公がぼくをここに入れたんだ。早く向こうに行かないと、お前もひどい目にあうぞ。」
「いや、ここを離れることなんかできないよ。待ってろよ、縄を探しに行ってくるから。」
ハサンは縄を見つけ、通風孔にかけ寄って、縄の反対側の端を兄弟のところに下ろし、こう言いました。
「縄につかまるんだ、地下牢から出るのを手伝ってやるよ!」
「ハサン、ぼくは外に出るのが怖いよ。暗黒公はぼくたち2人を殺してしまうだろう。せめて、ぼくたちのうち1人
でも生き残るようにしようよ。」
「お前を置き去りになどするものか!もし殺されるなら、2人して死ぬまでだ。そうでなければ、2人で生き残ろう。」
と、ハサンは答えました。
  ハサンはアフメドが地下牢から出るのを助け、安全な場所に連れて行き、そこに隠しました。そして大公に隠れて
アフメドに食べ物を運んだのです。数年の間、こうしたことが続きました。
  


  そんなある日のこと、ハサンは大公の馬を水飲み場につれて行きました。泉に近づいたところで、娘たちに出会い
ましたが、そのうちの1人は若者を見ると、他の娘たちに向かって言いました。
「ハサンは見事な騎馬の勇士になるでしょう、とても立派な!かれにつりあう娘は世界でただ1人、ここから11年かかる
ところに住んでいる、皇帝の娘だけよ。もしもハサンがそのことを知ったら、きっと探しに出かけるでしょうね。」
  ハサンはこのことばを聞いて、気もそぞろに家に帰ってきました。暗黒大公はそれを見てたずねました。
「どうしてお前は急にふさぎこんでいるのだ?」
  ハサンは大公に娘のことばをくり返し、それにつけ加えて言いました。
「わたしは美しい姫君が住んでいるところに行きたくてたまらないのです。」
「だが、お前はそこまで行きつけるかな?多くの者たちがやってみたが、空手で帰ってきた。このわしも、ここから10年
かかるところに住んでいる公の領地まで行ったことがある。公はわしに姫の肖像画を描いてくれたが、先に行くことは
勧めなかった。というのは、美しい娘はある猛々しい王と婚約させられていたからだ。この王と花婿の座を争ったりすれば
ひどい目にあうだろう。しかし、ハサンよ、お前がどうしても行きたいというなら、自分の運を試すがいい。お前に金を
やって、他のどの王国にもいないような一番いい馬を2頭選んでやろう。道中で馬を替えれば、馬たちはお前を乗せて
いってくれるだろう。旅に出る支度をせよ。」
  みなさんは不思議に思われたことでしょう、なぜ暗黒大公はハサンを喜んで手放し、旅支度までしてやったのか、と。
なんとお答えしましょう?もしかしたら、残酷な大公が突然やさしくなったのでしょうか?いえ、そんなことはありません。
大公は悪いことを思いついたのです。もしハサンが姫を連れて帰ったら、若者を殺して美しい娘を奪い、自分がかのじょ
と結婚しようというのです。大公は、ことわざに言う、「白い手は、他人が働いて手に入れたものを好む」という連中の
1人でした。また世間でいわれるように、悪い天気が晴れた日に変わることはあっても、悪人が善人になることはあり
ません。
  いや、暗黒大公は善人になったわけではありませんでした!
  しかしハサンは大公の悪だくみには気がつきませんでした。かれは喜んでアフメドのところに飛んでいき、全て話して
聞かせました。そして2人は一緒に旅に出ることにしたのです。

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掲載開始:2013.02.09.