チェチェンの民話@

ハサンとアフメド つづき
試訳 村山敦子 



4.
  2人が旅に出てから、まる10年が経ちました。食べ物のたくわえは尽き、馬たちは疲れきり、2人が旅に出るときに
着ていた服は小さくなっていました。年月が過ぎるにつれて、ハサンとアフメドは若者から立派な騎馬の勇士に成長して
いたのです。旅の途中に立ち寄った最後の町で、2人は新しい服を買い漁ったのですが、それも道中ですっかりぼろぼろ
になってしまいました。でも他の服を買う場所はどこにもなかったのです。あたりには人っ子ひとりいませんでした。
というのも、2人が馬を走らせていたのは無人の山や森だったのですから。
  そしてある晴れた日のこと、兄弟は高くそびえる城を見つけました。城の前には川が流れ、川には橋が架かっていま
した。ハサンとアフメドは道をそれて橋の下に隠れました。他所の人たちにぼろを着た姿を見られたくなかったのです。
ところで、城の主は、かつて暗黒大公がお客に行ったことのある公その人でした。兄弟が川の近くに馬に乗って来たとき、
公は窓のところに立っていて、2人が橋の下に回りこんだのに気づきました。公は家来を呼び、馬で来たのは誰か、そして
おかしな旅人たちはなぜ城へ寄ろうとしないのか調べるように、と命じました。

  「もしも異国の者たちなら城へ招くように」、と公はつけ加えました。
家来は橋のところに走って行き、
  「城の主はお前たちが何者で、なぜ城に来なかったのか、と聞いておられる。もしお前たちが異国の者ならば、わが
公のもとへ客人として来られよ」と問いかけました。
  兄弟はそれに答えて言いました。
  「どうやって私たちがお城に上れましょう?ご覧下さい、このぼろぼろの身なりを。私たちはこの10年旅をしてきて、
服は着古し、ひどく腹を空かしています。私たちは暗黒大公の国から来ました。大公が私たちの旅支度をしてくれたの
です。」
  家来は主にこの返事を伝えました。すると公は、兄弟に服を届けるように、そして暗黒大公の使者は自分にとって
大事な客人だ、と伝えるように命じました。
  ハサンとアフメドは道中の汚れを洗い落とし、着替えをしてお城に上りました。主と礼を交わし、暗黒大公からの
あいさつを伝えました。城主は兄弟を席につかせると、矢つぎばやに質問を始めましたが、兄弟の美しさと気の利いた
返答に目を見張りました。ハサンが美しい姫を探していることを告げますと、公は、自分もかのじょについての話は
沢山聞いているが、まだこの美しい姫を見たことはないのだ、と言いました。
  「だが、わしは姫の絵姿を持っておるぞ」と公は言うと、兄弟にその絵を見せました。
  それは、アフメドが暗黒大公の大事な隠し部屋で見たのと全く同じ絵でした。美女をひと目見ると、ハサンは旅立ちの
支度を急ぎ始めました。これからさらに丸1年、馬に乗っていかねばならないのです。そして1年と3日たつと、皇帝は
娘を嫁がせることになっていました。公はそのことを兄弟に言うと、旅支度を整えてやり、自ら城門まで見送りました。
  「早く帰って来いよ、わしも姫をひと目見たいものだ!」と公は後ろから叫びました。
  それからちょうど1年後、きっかり予定通りに、ハサンとアフメドは美しい娘の住む都に着きました。
  「どこかのおばあさんのところに行って泊めてくれるようにたのもうか、それとも宿屋で空いている場所を探そうか」、
とアフメドが言いました。
  「宿屋はだめだよ」、とハサンは答えました。「俺たちはお金を使い果たしてしまったし、あそこには大勢人がいる
だろうから、俺たちが何者で、どこから何のために都に来たのか、質問攻めにあうぞ。そうしたら、俺たちが姫を探しに
やってきたことが皇帝の耳に入ってしまう。俺たちにとってまずいことになるよ。どこかのおばあさんのところに行って、
泊めてくれるようにたのんだほうがいいよ」。
  アフメドが賛成したので、2人は都の小路に馬を進めました。そして、なるべく人が良くて親切そうな人がいないかと、
あちこち見て回りました。長いこと行くうちに、低い小屋の前に出ました。小屋の壁にはひびが入り、よく見るとあちこち
崩れ落ちていて、屋根には穴が開き、やっとのことで扉が立っていました。小屋の前ではおばあさんがあたふたしていま
した。どうしても扉を元の位置にはめることができないのです。おばあさんの髪はすっかり灰色になっていて、やさしい、
愛想のいい顔をしていました。兄弟は顔を見合わせると、馬から滑り降り、手綱をとっておばあさんのそばに行きました。
  「こんにちは、おばあさん、今日一日があなたにとって良い日でありますように!」と、2人はあいさつしました。
  おばあさんは2人を見ると、にっこりして穏やかに答えました。
  「こんにちは、騎馬の若者たち、お前さんたちの旅が順調でありますように!入って、私のお客におなりなさい。」
  兄弟は馬をつないで小屋に入りました。おばあさんは2人を座らせ、たっぷり食べさせ、香りのいい草のお茶を
飲ませてから、こう言いました。
  「お前さんたちは旅の疲れを休めておくれ。わたしゃちょっと行ってくるがね。わたしにゃ自分の心配ごとがあるんだよ。
ごらんの通り、小屋が壊れかけているんでね。」
  「いや、俺たちは休まないよ。俺たちに手伝わせておくれよ、おばあさん」とハサンはたのみました。
 兄弟は外に出ると、仕事に取りかかりました。屋根を直し、壁のひびをふさぎ、扉を元の場所にはめ直しました。晩まで
に小屋は見違えるようになり、おばあさんの喜びようといったらありませんでした。
  「ありがとうよ、親切な若者たち!お前さんたちがいなかったら、小屋は崩れて、わたしゃ宿無しになるところだったよ。
こんどはわたしに、お前さんたちがここにやってきたわけを話しておくれ。もしかしたら役に立つ助言ができるかもしれない
よ。」
  ハサンとアフメドは、この世で一番美しい姫のために11年間旅をしてきたことを物語りました。
  「俺たちの聞いた話では、姫はある強大な王のいいなずけで、婚礼の日まであと3日しか残っていないそうだ。どうしたら
宮廷に忍び込み、美女を連れ去ることができるだろう?おばあさん、知恵を貸して、助けておくれ!」と、兄弟はおばあさん
にたのみこみました。
  おばあさんは、よくよく考えたあげく、こう言いました。
  「わたしの言うことを聞けば、姫を自分の国に連れて帰れるだろうよ。ひとつ計略を思いついたのさ。明日は少し早起き
して、ここから遠くないところに住んでいる腕のいい職人のところに行きなさい。職人に、木で大きな鹿を作り、本物の鹿の
皮をかぶせるように、そしてズルナー(注:コーカサスの管楽器。
以下のURLで音も聴ける) http://vimeo.com/27122772と太鼓を持った人間が中に入り込めるような小さいドアをつける
ようにたのむんだよ。それから鹿は車輪の上に乗せるように。仕事のお礼には、自分たちの馬をさし出せばいい。」
  
  翌日兄弟は少し早起きし、おばあさんが言っていた腕のいい職人を見つけ出し、木製の鹿を注文しました。仕事のお礼には
自分たちの馬をさし出しました。職人はさっさと注文通りの鹿作りに取りかかり、
「明日の明け方にいらっしゃい。生きているのと見分けがつかない鹿が、あなた方を待っているでしょう」と言いました。
  こうして、姫が花婿のところに連れて行かれることになっている、3日目になりました。夜が明けると、ハサンとアフ
メドは職人のもとに急ぎました。木の鹿は本物そっくりで、生きている鹿と区別がつきません。ハサンは鹿についた小さい
ドアを開けると、ズルナーと太鼓を持ってその中に隠れました。アフメドは小さいドアをしっかりと閉めると、鹿の手綱を
取って皇帝の宮殿へ向かいました。ハサンは鹿の中に座ってズルナーと太鼓を奏でました。音楽を奏でながら市中を歩き回る
鹿を見て人々はおどろき、ぞろぞろと後について来るのでした。
  ハサンはなぜ鹿の中に隠れたのでしょう?おばあさんがそうするように言ったからです。兄弟が別れを告げたとき、
おばあさんはハサンにかれがすべきことを説明し、アフメドには次のような話をしました。
  「お前さんが鹿を宮殿に連れて行けば、姫は楽の音を聞きつけるだろう。窓から身を乗り出して見ると、びっくりして、
もっと近くで鹿を見たくなるはずだ。おつきの者たちが駆けよって来て、お前に鹿を見せてくれ、とたのむだろう。一回目には、
「だめです、とても急いでいるので」と言うがいい。二回目に来たら、また「だめです、とても急いでいるので」と答え
なさい。でも、三回目には断ってはいけないよ。なぜって、殺されて鹿を奪われてしまうかもしれないからね。おつきの者
たちに手綱を渡して、こう言うんだよ。
  「ただ、鹿をなるべく早く返してください。私は急いで行かねばならないところがあるので」と。それから、壁のところ
に座って待っていなさい。鹿が連れて来られたら、その手綱を取って都を離れるんだよ。ハサンは途中で追いつくから。
  アフメドはどんどん歩いていき、鹿を連れて宮殿の近くにたどりつきました。姫はズルナーの音色を聞くと身を乗り出し、
驚きのあまり両手を打ち合わせ、おつきの者たちに向かって叫びました。
  「あの鹿をわらわのもとに連れてまいれ!鹿の奏でる音を聴きたいのじゃ!」
おつきの者たちは広場に駆け出すと、アフメドに向かって鹿を姫に見せてくれるよう、たのみました。しかしアフメドは、
 「だめです、とても急いでいるので」と言って断りました。
  断られることに慣れていなかった姫には、こんな答えは気に入りませんでした。美女は柳眉を逆立て、おつきの者たちに、
もう一度鹿を連れに行くように命じました。アフメドはまた「だめです、とても急いでいるので」、と答えました。
  おつきの者たちは、またもや手ぶらで戻ってきました。そして姫は、三度目におつきの者たちをつかわしました。かれらは
腹を立てた姫の命令を果たすためにかけ出し、もし三度目も謎の騎手が断ったら、鹿を力ずくで奪おうと決めていたのです。
けれどもおばあさんの言いつけをよく覚えていたアフメドは、今度は断ろうとしませんでした。
  かれはこう言って鹿を渡しました。
  「もしも姫君に鹿の音楽がそれほどお気に召したのなら、鹿を連れて行ってください。ただ、お願いですからなるべく
早くお返しください。私は急いでいかねばなりませんので」
  
5.
  鹿は姫のところに連れて行かれました。かのじょは柔らかい長椅子に腰かけ、公のところにあった絵姿よりずっときれい
でした。ハサンは隙間からのぞくと、驚きのあまりぽかんと口をあけました。こんなに光り輝く瞳や、ツバメの翼のように
濃い一対の眉、白い顔、黒い髪、小さな手を見るのは生まれて初めてだったのです。
  姫の方はといえば、鹿に夢中になっていました。こんな不思議な動物は、いまだかつて見たことがなかったのです。かの
じょは鹿が楽を奏でるのを待ちかねて、細い銀の帯を引っ張りました。ハサンは胸の高まりを抑えてズルナーを弾き始め
ました。娘は注意深く耳を傾け、おつきの者たちは息をひそめてそっと部屋から出て行きました。一つの曲を聴き終えると、
姫はまた次の曲を聴きたがるのでした。ハサンが子守唄を奏ではじめると、姫は聞いているうちに眠ってしまいました。
そこでハサンは音を立てずに鹿から降りると、娘の腕に触れ、また身を隠しました。美女は目を覚まし、短剣をつかんで
叫びました。
  「ここにいるのは誰だ?わらわに触れたのは誰だ?」
  誰も答えるものはありませんでした。ハサンは演奏を続け、娘は再び眠りに落ちました。ハサンは静かに鹿から滑り降り、
娘の腕に触れると、あっという間に身を隠しました。姫は身震いして短剣をつかみ、怖い声で叫びました。
  「ここにいるのは誰だ?わらわに触れたのは誰だ?」
  誰も答えるものはありませんでした。ハサンは演奏を続けました。でも今度は、姫は眠った振りをしただけだったのです。
姫は自分の腕に触った不届き者を捕らえようと決めたのでした。ハサンが鹿から降り、娘の腕に触れたとき、隠れるひまは
ありませんでした。姫はすぐさま飛び起き、
  「ほう、ひっかかったな!厚かましくもここにやってきたお前は何者だ?」、と怒りに燃えてたずねました。しかし、
ハサンを目にすると、姫は息を呑みました。これほど美しい騎士を見たことがなかったのです。
  ハサンはうやうやしく答えました。
  「私はハサンと申します。あなたにひとめ会いたくて、11年かけて旅をしてきました。もしもこの話が信じられないなら、
私を死刑にするよう命じてください」。
  老人たちの言うことには、カズベク山の雪でさえ、優しいことばをかけると溶けるということです。姫にもそういう
ことが起きました。ハサンの話を聞いているうちに、かのじょの怒りはたちまち消えてしまいました。姫ははにかんで
つぶやきました。
  「ハサンよ、お前は勇敢な若者です。今までわたくしに結婚の申し込みにやってきた誰よりも立派です。でも、
わたくしはどうすればいいのでしょう?わたくしはある年取った王のもとへ嫁がされようとしているのです。王はもう
自分のおつきの者たちを遣わしました。お前にわたくしを連れて行かせるわけがありません」
  ハサンは、かのじょのことばを耳にして、自分の幸運が信じられない思いでした。かれは少し考えてから、娘に
言いました。
  「私に任せて、言うとおりにしてください。花婿のところに着ていくドレスをここに持ってきて、ご自分は鹿の中に
入り、息をひそめて黙っていてください。鹿は門のところで待っている騎士に渡されるでしょう。かれは私の兄弟ですから、
恐れることはありません。この騎士があなたを都から連れ出します。私は後からあなた方に追いつきます」。
  姫はハサンに自分のドレスを渡し、鹿の中に隠れました。ハサンはドレスを身に付け、頭を数枚のスカーフで包むと、
おつきの者たちを呼んで言いました。
  「鹿を持ち主に返すように!」
と姫に化けたハサンは命じました。
  姫と話しているつもりだったおつきの者たちは、命令を果たすために急いで走っていきました。
  いっぽうハサンは年取った王の使節たちのところへ行き、
  「私はもう花婿のもとへ行く用意ができています。」と伝えました。
  花嫁の衣装に着がえたハサンは、二頭立て馬車の、王が自分の花嫁の世話をさせるために遣わした娘の隣に座りました。
2人は皇帝夫妻に別れを告げ、都から出て行きました。使節団と警護は後からついてきました。都を離れるとき、ハサンは
使節団長を呼んで、言いました。
  「お前たちが先に行っておくれ。わらわはふるさとに別れを告げたい。われらの馬は俊足ゆえ、すぐに追いつくだろう。」
  使節たちは自分の主人の花嫁に逆らうわけには行かず、先に駆けていきました。
  ハサンはといえば、召使に向きを変えるように、しかし都には寄らず、脇によけるように命じました。かれらは都を
迂回し、大きな道に出て、アフメドと姫を追いかけ始めました。そこでハサンがスカーフを取ると、召使の娘と御者は、
姫ではなく見知らぬ若者を乗せていたことを知って、びっくりぎょうてんしました。
  ハサンは2人を安心させようとして言いました。
  「私を怖がらないでください。何も危ないことはありません。姫の本当の花婿は、あなたがたの年取った王ではなく、
私です。そうしたければ、ここにお残りなさい。または私と一緒に来てもいいですよ。悪いようにはしません。」
  御者は都に残りたがりましたが、召使の娘はハサンについて行くことにしました。
  「私はずっと年取った王の手から逃げることだけを考えていました。王は私の両親を殺し、私を自分の奴隷にしたのです。
親切な騎士よ、私を連れて行ってください。」
  かれらが話しているうちに、馬車はアフメドと姫に追いつきました。ハサンと姫はお互いを見て喜びました。そして
いまではみんな一緒になって先を急いだのです。
  かれらは、道の途中であの親切な公のところに寄りました。公は花嫁をほれぼれと眺め、若い人たちの幸運を祈って
贈り物をくれました。
  一行はとても早く、暗黒大公の領地に着きました。
  皆さんは、不思議に思われることでしょう、行きにはハサンとアフメドは 11年もかかって行ったのに、どうして帰り
道はそんなに早いのか、と。おとぎ話はこう答えます。ハサンとアフメドが美女を探すたびに出たときには、かれらは
まだほんの若造でした。おとぎ話はかれらを道中で成長させ、大人の騎士にしたのです。そしてかれらが乗っているのは、
ただの馬ではありません。年取った王が花嫁を連れてくるために遣わした馬車に繋がれていたのは、魔法の馬たちだった
のです。この馬たちは地上よりも空中を疾走して行くのでした。
  でも、今は兄弟と2人の娘たちのところに戻りましょう。道中で、ハサンと姫がお互いに見とれている間に、アフメドは
召使の娘と話をしました。ふたりはお互いが好きになり、アフメドは娘に自分の花嫁となってくれるようにたのみました。
娘はこの申し込みを受け入れました。
 
6.
  ハサンとアフメドが暗黒大公のところに帰ってからもう7日が過ぎました。大公は花嫁をつれて帰ってきた2人を見て
喜んでいるふりをし、婚礼の準備を始めましたが、心の中では「婚礼を楽しむのはお前たちではないぞ、」と思っていた
のです。大公は、兄弟を殺して姫を自分の妻にし、アフメドの花嫁を自分の召使いにしよう、と決めていました。しかし、
アフメドの花嫁はむだに宮廷で暮らしていたわけではありませんでした。かのじょはすべてを見ていて、暗黒大公が何か
下心を抱いて親切にしていることを見抜き、そのことをアフメドに知らせました。ふたりは、今はハサンには何も言わず
におき、自分たちは用心しよう、と言い交わしました。
 
7.
  婚礼まであと一晩となりました。アフメドは真夜中にハサンと一緒に寝ていた部屋から抜け出し、かれの花嫁は姫と
一緒の寝室からこっそり抜け出しました。ふたりは用心深く息をひそめて隅に立って待ちました。でも、長く待つ必要は
ありませんでした。それから間もなく、暗黒大公が自分の部屋から出てきたからです。かれは用心深くつま先立ちで
歩いていましたが、その両手には抜き身の鋭いサーベルが光っていたのです。兄弟の寝室に近づくと、大公はしばし立ち
止まって耳を澄ませ、ドアを開けて中に入ろうとしたところへアフメドが飛びかかりました。ふたりは格闘をはじめ、
大公のサーベルは脇へと弾き飛ばされました。娘はサーベルをつかむと、アフメドに差し出しました。若者は飛びのき、
突進してきた暗黒大公を一太刀で倒しました。
  ふたりは暗黒大公の死体を宮殿から運び出し、それぞれの寝室へと戻りました。

8.
  ハサンは朝がきて起きるとすぐに大公のところに行きましたが、大公の姿はどこにも見当たりませんでした。そこで
かれは、アフメドを探しました。
  「アフメド、暗黒大公はどこにいるんだい?」とかれは兄弟にたずねました。
  「どうして、どこにも見つからないんだろう?」
  アフメドは静かに答えました。
  「見つからなくてもいいのさ。大公が居なくてもぼくたちの婚礼は挙げられるよ。」
  かれは、どうやって大公を殺したか、兄弟に話そうとはしませんでした。ただ大公はもう生きていないこと、祝い事の
準備を急がねばならないとだけ話したのです。じっさい、訪問客たちは続々と到着しつつありました。
  
  私たちも早く行きましょう。もしかしたら、祝いの宴にまにあうかもしれませんよ。宴はまだたけなわだという話
ですから。

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掲載開始:2013.02.09.